IQ研究所

人生の教科書

勉強について思うところを書く

三か月ほど前に『寝られないので勉強について思うところを書く』という記事を書きましたが、「1、解けないことに慣れた件」を書いたところで力尽きたので、本日はその続きを書いていこうと思います。

 

2、目的が分からなくなる件について

 

れは致命傷ですよね。

小・中・高までは、目の前のテストor入試という分かりやすい目標があります。

もちろんそこでモチベーションが湧かなくなる可能性も大いにあったのですが、効果不幸か、大学入学まではいわいるお勉強に対してのモチベーションが0になるということはありませんでした。

 

ただ、大学に入学し1か月もたたないうちに私のモチベーションは行方不明になりました。理系の学部、もしくは実学よりの学部ならいざ知らず、世間では完全に「虚学」と呼ばれる学問を扱う学部に入ったこともあり、「こんなんしてて将来なんのためになんの?」というパンドラの箱を開けることになりました。

 

詳しい話はおいおい書いていこうと思いますが、そこから私とモチベーションとの闘いが始まりました。

 

モチベーションとの闘いを始めてはや3年。

勝敗はともかく、「モチベーションをコントロールするのはほぼ不可能」という結論に至りました。

 

モチベーションをコントロールしようなどという考えが生まれるのは自信過剰の結果であると現在では考えています。

 

そもそも、モチベーションを高めるなどというとき、当の行為なりなんなりを私たちは心からやりたいと考えているのでしょうか。答えはたぶんノーです。

 

心からやりたいなら、モチベーションなんてわざわざ考えないですよね。

 

でも、モチベーションを高める必要があるとき、それはどんな場合があるか考えられるのは次の2パターン。

 

⑴今だけやる気が出ないけど、「それ」は後々絶対自分にとって意味のあることだから、やっておきたい、だからモチベーションが必要

⑵今だけやる気が出ないけど、「それ」は後々自分にとって意味のあることになりそうかもしれないから、できればやりたい、だからモチベーションが必要

 

お分かりだろうか⑴と⑵の違いが。

⑴も⑵も現在、モチベーションが湧いてこないのは確かなんですが、⑴では行動することが将来絶対自分にとってプラスになる、もっと言えばそのプラスの発揮され方まで明確に描けている場合です。

 

⑵もモチベ―ションが湧いてこないのは同じなのですが、こちらは将来のプラスが明確になっていません。周りがいいというから、安全そうだから、という動機で動いていて、途中で目的を見失うというのはこちらに該当します。

 

こんな時どうするべきか、結論を言うと

 

⑴の場合→がんばれ

 

⑵の場合→無理すんな

 

となります。もうお分かりのように、モチベーションが湧かないものに必死になって頑張れるほど人間はちゃちには造られてはいないのです。

 

自分で明確に目的が分かっていないことなら、やめてしまうのが正解なんだと今では思っています。どうしても嫌ならば。

 

それで、一旦そこから離れてみればいいのかななんてのんきに考えています。

 

結局、最初に書きたかったことからどんどんずれてしまったし、結論も自分が思っているものよりもなんとなく過激になった印象があります。

 

また、気が向いたら書きます。

 

おわり