IQ研究所

人生の教科書

本物の”プロフェッショナル”に対して、嫉妬してしまうっていう話

 自分の良くない点を一つ挙げろと言われたら、「人の良い点を素直に認められない点」を僕は挙げないといけないかもしれない。

 

 なんというか、認められないんだよな。確実に相手の方が上回っていると分かっている場面であっても。というか、なんなら相手の方が「確実に」上回っていると分かっている時のほうが、その凄さを真正面から受け止められない。

 逆に、まあそれなりにすごいんだけどって時は案外すぐに褒めたりする。だから日常的に付き合う人とかにそこまで嫉妬とかはしない。

 たとえば浅田真央とかメッシとか藤井聡太に嫉妬する。松本人志とか島田紳助とかに嫉妬する。他、自分がピアノを弾くのが好きなこともあって、ピアニストのほとんどが嫉妬の対象になっている。もちろん、嫉妬するほどに好きってこと。好きを通り越して嫉妬してしまうっていう。

 特にピアニストとスポーツ選手と棋士なんだよな、僕の嫉妬の向かう先は。その中でもピアニストに一番嫉妬を感じるかもしれない。

 なんていうか、ピアニストって、求められる技術の細かさが、数ある職業の中でも最高峰な気がする。幼いころから毎日欠かさず練習してきたんだろうなということをビシビシと感じさせる何かがある。

 その点は、棋士も割と似てる。棋譜をどれだけの数読み込んできたのだろうとか、どれだけの詰将棋を解いてきたのだろうかとか、その棋士の「歴史」みたいなものが(勝手に)見えてしまって、つらくなる。

 

 うん、たぶん、この「歴史」なんだよな。僕がつらくなる原因は。どうしたって今からじゃ取り返せないほどの蓄積がこの人たちにはあるんだ、っていうことを感じさせてくる彼らの歴史。今からじゃどうしようもないからこそ、凄いと思う。思ってしまっている。

 

 でも、この凄さを認め切らない自分もいる。それが厄介だ。完全に彼らの技に関心仕切ることができない。99%関心しているけど、心のどこかで1%「まだ負けたくない」と思っている。ほんと怖い。

 

 いつまでこういう気持ちが続くのか分からないけど、でもその気持ちが続くうちは、それでいいとも思っている。そして、完全に彼らをすごいと認めて、技を楽しませていただくことに100%集中できるようになった時には、僕は誰かのファンとしてその人を心から応援できるだろう。

 

 みんなこういうことは表立って言わないだけじゃないかな、とか思う。だって「藤井聡太にもメッシにも負けたくない」とか言ってたら変人だし。

 もちろん僕も彼らの土俵で勝てる気はしないのだけど(と言って他の土俵で彼らほどの活躍ができるのかは相当怪しい)、なんというか「まだあきらめたくない」と言うことなんだと思う。

 何キッカケであきらめるのか、そもそも諦める/諦めないという二分法がこれに当てはまるのか、分からない事は多いが、22歳現在こういうことを思っているということで。

 

おわり