IQ研究所

人生の教科書

『松紳』島田紳助・松本人志(ワニブックス)

 松本人志氏、島田紳助氏の書いている本が読みたいと思い、ブックオフに行き、たまたまこの本を見つけたので買ってきた。

 正確には、この本は、両氏が「書いた」のではなく、両氏が出演しているトーク番組を文字に「起こし」たものだ。喋り言葉であっても書き言葉であっても、両氏の考え方を知ることができることに変わりなく、「なるほど」と思うことや疑問に思うことがいくつか出てきた。

 今回はその箇所を3つほど書いておきたい。

 

 まず一つ目は、紳助が自身の仕事観について語っている箇所。

紳助:あのね、僕たち、こんなアホな話して、楽しそうに生きてるみたいに思うでしょ?でもけっこう、いっぱいいっぱいなんですよ。なぁ。

松本:ええ。もう大変ですよね。

紳助:うん。あのね、心の中がね、いっぱいいっぱいなんですよ、いつも。何かね「これでいいんやろか?こうやって生きてて正しいんやろか?」ってグーッとストイックに考えていく。

         『松紳島田紳助松本人志 ワニブックス p. 131より引用

  芸能界のトップに君臨し、誰もが羨むポジションについていても、悩みは尽きないのだな、ということを改めて実感されられる言葉だ。

 僕はたまに、楽になるために頑張って成功したい、みたいな考えをしてしまうことがある(ほんとにごくたまに。あんまり好きな考えじゃないから、そういう考えが出てきたらすぐに打ち消す)。「頑張って成功したい」という部分はもちろん良いのだけど、その動機に「楽になりたい」、つまり安定した地位が欲しい、が来ている時点でどうなのか、と思ってしまう。

 今できることを精一杯して、それで一旦何かを手にしてしまえば、そこで「ゴール」みたいな風には人生はなっていないと思う。ある程度「成功」したと一瞬思えたとしても、次はそれを維持するために努力する必要がある。

 好きなことを仕事にできている人を見ると、勝手に羨ましくなることがあるが、彼らだって別に他の人に比べて悩みが少ないわけではないだろう。「これでいいのか」と悩んでたりする。

 だから、というわけでもないけど、人は結局どこまでいっても悩む生き物だ、くらいの感じに居直れれば、変なこだわりを捨てられるのかなと。人を羨ましがるとかが少なくなるかなと。羨ましいと思っているその相手もどうせ、何かしらの悩みを持っていて、結局その人になれたとしても悩みは尽きないでしょ、という。

 そうであれば、「来世に期待」みたいなのは全然ダメだなと。まず今世でこの自分を生き切らないといけない。

 

二つ目。ドナー登録についての会話。紳助氏はドナー登録自体は良いことであるが、自身が登録することについては気が進まないという。

 

紳助:考えたくない。だから、そういうところに登録することを避けたいねん。なんか、登録した瞬間に、自分の死を覚悟した、みたいな気がしてくるねん。

松本:うーん。

紳助:もうハンコ押した瞬間、誰かが待ってる、みたいな。

松本:あ、そうですね。「早よせえや」って、後ろからつつかれてるみたいな感じはしますね(笑)。

紳助:「まだ?まだ?」みたいな(笑)。酒飲んでも。「ああ、肝臓いたむから、あんまりの飲まんといてや」とか言われてな。

松本:(笑)うんうん、それはそうですね。

紳助:だから、みんが登録せえへんのもそこやと思うけどな。

松本:ああ.......。

紳助:そやからな、死っていうものに、自分の中でリアリティを持たしたくないねんて。

松本:イヤとかいいとかじゃなくて、もう、ぼやかしときたいっていう。

           『松紳島田紳助松本人志 ワニブックス p. 173より引用

 

 この箇所にも割と共感した。死に対して「リアリティを持たしたくない」、死を「ぼやかしときたい」という表現は的確だと思った。結局僕らが日常生活でしていることは、死から自分の意識を遠ざけることと言っても過言でないかもしれない(さすがに過言か)。

 TVという装置の中で、「死」が語られることってあまりないと思う。「感動の実話」とか、「緊急病棟!!」みたいな特集とかはあっても、「死」の不思議さを取り上げる番組とかって、基本ない気がする。

 なんというか、視聴者に受けが悪いんだと思う。死は「ぼやかしときたい」ものだから。

 テレビの中で、キラキラと輝いているタレントが、暗い顔で「死ってなんなんですかね?」みたいなことを言ってたら、タレントが楽しそうに話すことを期待していた視聴者はチャンネルを変えてしまうだろう。

 そういった微妙な話題であるところの「死」をテレビで扱って、変に「死は怖くない!」みたいな感じで終わらしてないのがいいなって思った。

 

三つ目。紳助氏、松本氏がクスリの是非について語り、その関係で、中高時代の話になった箇所。僕はここで書かれていることに実感がもてない。

 

紳助:そう。だから、不良少年だけやで、校歌覚えてんの。

松本:意外と。

紳助:おう。不良やったヤツは絶対、学校に愛着湧くよ。不良は校歌うたいよんねん。賢いヤツは歌えへん。大学行くステップにしかすぎひん。通過点。

          『松紳島田紳助松本人志 ワニブックス  p. 208より引用

 

 うーん。なんとなくわかる気はするけど、実際ほんとに学校のこと嫌いな不良もいそう、と思った。ただそれだけ。

 「賢いヤツは歌えへん」ということの真偽はさておき「大学行くステップにしかすぎひん」というのは、そういう側面もあるな、と思った。

 実際自分が、中学生の時、学校のことをそんな風に見ていた部分もなくはないので、別に、だから何と言うわけではないが、なんとなくこの箇所が引っ掛かった。

 

おわり