IQ研究所

人生の教科書

速読って実際どうなの

この記事では僕が数年かけて取り組んだ速読の記録を記す。

 

開始時期、継続期間

確か2018年4月頃から始めた。とにかく本をたくさん読みたいという思いから始めた。

とにかくたくさん本を読んで知識を蓄えて、お金を稼ぎたいと思っていた。

お金を稼ぐためのヒント、社会で生きていくうえで武器になるもの、それらを探すためにたくさん本を読む必要があると考えていた。

そして何より知的に武装したいと最初の方は強く思っていた。

あと学は、生時代に本をたくさん読まなければ社会人になってもそんなに読まないだろうから、読書習慣を作っておきたいとの考えもあった。

そんな動機で2018年の4月頃から速読を意識し始めて、2020年1月あたりまでは割と量を重視できていたと思う。だから、開始時期は2018.4月。継続期間は1年と10か月くらい(2018.4~2020.1)になると思われる。

ただし、(速読とほぼ同義であると僕は思っている)多読は2018.4以前からい多少意識はしていた。だから実際の実施期間はだいたい2年ほど、と考えればよいだろう。

現在は速読のことはほとんど考えず、内容をじっくり吟味しながら読んでいくスタイルを取っている。そのあたりの事はおいおい書いていく。

読んだ冊数などはアプリと紙のノートに記録していたのでそれをもとにこの記事を書いていく。

 

読書記録

一番読んだ年でだいたい170~180冊ほど読んでいたのではなかろうか。

僕の場合、高校まではほとんど本を読む習慣がなく、大学に入ってからいきなり読みだしたのだが、ここ2年ほどは少なくとも100冊以上は本を読んでいる。

今年は現時点で40冊も読めていないが、卒論と資格の事をしながらと言うことを考えるとそこそこ読めているではなかろうか。

その一方で、そこまで読書スピードが速いわけでもないという実感がある。

速読の達人、みたいな人は普通に年1000冊とか読むだろう。

だから、平均より少しは量を多く読んでいるという認識が妥当だろう。

 

レーニング方法

2018.4月からの半年もしくは1年間ほどをかけて「速読」と名の付く書籍を読み、自分なりに速読について研究を行った。ここではその研究の一部を公開する。

まず、僕の考えでは「速読」と名の付くものは大きく分けて2つに分類可能だ。

ここでは仮にそれらの2つに分かりやすいように「7回読み系」と「眼球系」という名前を付けておこう。

この2つの読書法を一応紹介しておくが、結論から言うと僕はこのどちらの読書法も採用はしなかった。

 

7回読み系

「七回読み系」は山口真由さんによる言わずと知れた勉強法の名著『「7回読み」勉強法』から名付けた。

東大首席が教える超速「7回読み」勉強法 (PHP文庫)
 

現代の勉強法の世界において「7回読み」は最重要の概念と言える。

「7回読み」を簡単に説明すると、教科書や参考書を複数回読むことでその書籍の内容をインプットしようというものだ。

テキストを初めて読む時はパラパラとページをめくりながら「読む」というよりも「見る」ことに意識を向ける。そして、2回3回と同じ本を読むうちにより細かい内容まで意識して読んでいく、というのが「7回読み」の一般的な勉強法である。

 

この勉強法はだいたい読書にも当てはめることができる。

すなわち、複数回読むことを前提にして、一文一文に時間をかけることなくできるだけ早く次のページをめくるイメージで読んでいく。

 

結論からいうと、僕はこの読書法にあまりなじめていない。

内容が頭に入ってこない状態で次のページに進めないからだ。

 

もう少し詳しく書いておくと、当該ページの内容が頭に入っていない状態で次のページに進んでいくことを続けると、だんだん面白くなくなってくる。だからある段階で次のページに進むのが億劫になる。

 

これは読書法というよりも勉強法の話ではあるが、たしか去年の春から秋にかけて簿記のテキストで7回読みを実践してみた。

 

結論からいうと、面白くなくなって途中でやめてしまった。

簿記という練習ありきの分野で、ほぼ練習問題を解かずに1級のテキストまでひたすら目を通したが、最後はほとんど修行みたいになっていた記憶がある。

 

たしかそれで、3級の練習問題からやり直したが、その判断は悪くはなかったと思う。

 

もちろん7回読み勉強法が全然ダメと言うことはない。

メリットとしては、モチベーションが続くのであれば全体像を最短でつかめるという点がある。

 

内容が頭に入ってこないであろう1~4回目くらいの流し読みを我慢できるのであれば、効率のいい勉強法だろうとは思う。

 

簿記のテキストでこの勉強法を試したと書いたが、簿記は計算問題を解いていく中で理解が深まるタイプのものだから、7回読み勉強法を使うところを間違えた感も否めない。

 

さらに言うと7回読み勉強法を忠実に再現したというよりは、割と自分勝手に進めたことも理解の妨げになったのかもしれない。

 

反省点は多い。

 

まとめると、7回読み勉強法(読書法)は効率は良いのかもしれないけれど、

・分野を選んで使う必要がある

・内容がすぐに理解できなくてもモチベ―ションが続く本でないと難しい

 

などの条件があるように思った。

 

眼球系

眼球系とは、眼球を動かすスピードを早めたり、認識能力を上げることによって物理的に読むスピードをあげることを目指す読書法を指して僕が選んだ言葉である。

タイトルに「パッと見て理解」とか「一瞬で」とかいう言葉が入っている速読の本は、たいていこのタイプのものだと思っておいて良いだろう。

 

結論から言うとこの類の読書法で読むスピードが格段に上がることはまず期待できないだろう。

 

もう少し言うと、この類の読書法のトレーニングを積む「だけ」では読書スピードが格段に上がるということは期待できないだろう。

 

もちろん、眼球を早く動かしたり、瞬間的に認識できる文字量を増やすことが文章を読むスピードを「物理的に」上げることを否定はしない。

 

しかしそこで向上している能力というのはいわば「眼を速く動かす」能力以上のものではないと思われる。

 

そして、そのような「眼を速く動かす」能力をどれだけ向上させたとしてもどこかで頭打ちが来るのは明らかだろう。

 

デメリットとしてもう一点あげるとするなら、このトレーニングでは眼を速く動かすための「ドリル」のようなものに取り組む事が多いようである(僕も実際に数日してみた)がそのドリルに集中するのが難しいという点が挙げられる。

 

本を速く読む事を目的としているのは一冊でも多くの本を読みたいがためであるのに、本を読む準備としてドリルをやるのは誰でもできることではないだろう。

 

あとなんといってもこれが大きなデメリットなのだが、読む本が難しくなればなるほど眼を速く動かせる事がより早く読めることにつながらなくなってくる。

 

これは「7回読み系」にも当てはまることだけど、ある程度内容が分かっている本でない場合、特に自分にとってその内容が難しい場合などに「眼球系」ではほとんど太刀打ちできないだろう。

 

とはいえ「眼球系」にもメリットがないわけではない。

僕が考える「眼球系」のメリットとして、普段意識されない眼球の動きに意識的になれるという点はある。

 

眼を速く動かすよりも全体を「ぼやっ」と見る方が良いかもしれないとか、自分は眼を速く動かしたい派だ、など普段意識することの少ない眼の動かし方に対して意識的になれる点はメリットだ。

 

あと、もしかしたら本当にこの類の眼のトレーニングは効果があるのかもしれないし、一度は挑戦してみても良いのかもしれない。

 

まとめると、眼球系はメリットとして

・自分の眼球の動きに意識的になれる

点があり、デメリットとして

・このトレーニングだけでは読書スピードは格段には向上しないであろう点

・個人的にはトレーニングが退屈に思った

・難しい本に対しては効果はうすいのでは

 

となる。たぶん「眼球系」の読書法は、他の読書法と併用する中で効果を発揮していくのだろう。「7回読み」を実践していきながら、「眼球系」を併用することによって1ページに掛ける時間を少しでも短くする、などが割と現実的な使い方と思う。

 

暫定的にベストだと考えている自分の読書スタイル

 ここまでで読書法を「7回読み系」と「眼球系」に分けて見てきたわけであるが、それで結局のところどんな読書法を採用しているのか。

 

結論からいうと、上記「7回読み系」と「眼球系」のエッセンスは取り入れつつ、基本的には一般的な読書スタイルを採用している。

 

つまり、飛ばし読みや極端に眼を速く動かすことはしていない。

 

では、上記の読書法の「エッセンスを取り入れている」というのはどういうことか。

 

「7回読み系」のエッセンス(と僕が考える点)は「一度で理解しようとしなくていいから気楽に本を読んでみよう」という点だ。

 

何事もそうであるが、一度で完璧を目指してしまうと挫折するか、そもそもその活動を始めたいと思わなくなってしまう。その活動を始めることで失敗するのが怖いから。

 

実は「7回読み系」の良いところはこの点にある。

つまり、「一回で理解できなくて良いのなら、気楽に読める」という形で、本を読む際の心理的なハードルが下がる点に「7回読み系」の良さはある。

 

では、僕はこのエッセンスをどう取り入れているか。

僕の場合は、通常はあくまでも「できることなら1回で理解しよう」という意識のもと読んではいる。

 

しかし、一度理解が追い付かなくなった時、内容に興味が持てなくなってきたときには、そこまで深追いせずに次のページに進むようにしている。

下手に一部分の内容にこだわりすぎないことに意識的になっているということか。

 

別にこだわりたい箇所にはこだわればいいのだ。

それでその本を読む事自体が嫌にならなければ。

 

一方の「眼球系」のエッセンスを取り入れている、というのはどういうことか。

 

僕が思う「眼球系」のエッセンスは、突き詰めると「自分の眼が捉えられる情報量をどれだけ増やせるか」という点にある。

 

で、僕はその「眼が捉えられる情報量」を増やすためだけのトレーニングはしていないが、読書をする中でその能力を向上させていきたいとは思っている。

 

まあ、あくまで気持ちの問題なのだが、そもそも「眼球系」の本に出会っていなければ「眼が捉えられる情報量を増やす」という意識すら持てなかったわけで、その意識を持てているということ自体に「眼球系」の本を読んだ意味は十分見いだせる(と思いたい)。

 

まとめると、「7回読み系」からは「気負わず読む」という心構えを、「眼球系」からは「眼の捉えられる情報量を増やす」意識を僕は獲得した。

 

でも、スタイルに関して言うと、実はそこまで大事でないのではないかと正直思っている。ここまで書いてきてなんだが。

 

今の実感として一番シックリくることとしては、人は自分の興味のあることなら、それがどれだけの分量であろうとも、じ―っと集中して読むことが可能だし、逆に、どれだけ簡単そうでも、その人がその分野に興味が無ければ5分と集中はもたないし、必然的に読書量も増えない。

 

ある分野に対して興味をもって、その分野の本をできるだけたくさん読んでいると、ふとした時に、「あ、これ知っている知識や」みたいになることがあると思う。

 

端的に言うと、速読の本質と言うのは、この「あ、これ知っている知識や」であって、知っているからその箇所に時間を掛けないで済み→自分が知らない箇所に集中する→新たな知識を吸収する→次読む文章の中で「あ、これ知っている知識や」となる箇所が増える、の繰り返しを生み出すことが鍵であると思う。

 

そういう意味でいわゆる「速読法」それ自体を訓練する必要はないのかなと思う。

今一番興味のある分野のことに熱中することが、結果的に早く読めることにつながる、みたいな。

 

ここらへんの速読全般の話に関しては次の本がかなり参考になった部分がある。

 

 

とりあえずこんな感じ。

僕の学生生活のかなりの部分を割いて、自分を実験台にした結果得られた知見だから安売りしたくはないが、この記事を見つけられた方は幸運だったということで特別に。

 

読書している時に何を考えているかとか、読書をするときのメンタル面についてなどはまた違う記事で書こうと思っている。

 

おわり