映画「ハニートラップ 大統領になり損ねた男」監督:アベル・フェラーラ、主演:ジェラール・ドパルデュー

先日、ビデオ屋で見つけてなんとなく借りてきて観た。

 

ストーリーは副題の「大統領になり損ねた男」が全て。

性欲旺盛な大統領候補のデヴローが、強姦未遂で捕まる。

そして、その結果大統領の座を逃す。

でも本人はもともと大統領になどなりたいなどとは思っていなかったので特に傷つくこともない。

デヴローの妻は、自身の夫を大統領にするのが夢だったので傷心。

 

ストーリー展開でここが特に面白かったとかはない。

正直いつになったら事件が展開していくのかな、と思っている最中にフィナーレを迎えた感じ。多少肩透かし感があった。

 

唯一印象に残っているシーンは、デヴローの独白のシーン。

なぜ性に奔放になったのかについて自分自身で分析らしきことをして、それを独白しているシーン。

細かいことは忘れたけど、「人は救われたくないのだ」みたいなことを言っていたのが印象に残っている。

普通人というのは救いを求めているようだけどそれは違うと。

 

この言葉がなぜか引っかかった。

それっぽいことを考えていたからだろうか。

人は、救われたいと口で言っていたとしても実はそれは本心ではないかもしれない。

無意識のレベルでは人は自分を救ってくれる存在を避けているのかもしれない。

「こうすればいいんだよ」と助言をもらっても素直にその助言を聞けない。

救いを求めているようでいて、実際に手助けしてもらえる段になるとその差し伸べられた手を振り払いたくなる。

そんな部分が人間にはあるのではないか。

 

やはり人は自分の問題は自分で片を付けたいと思う生き物なのかもしれない。

他人に助けてもらうことが結局は自分のためにならないことを自分が一番知っているのだろう。

だから「救われたい」けど「救われたくない」というジレンマに陥る。

 

そんなことを考えた。

 

おわり