卒論がつらすぎて退学まであと一歩【留年・憂鬱・書けない・やる気でない】

この記事は「卒論 書けない しんどい」のような検索をしてきた人のための記事です。

 

卒論を書くことに(精神的に)死ぬほど苦労してしまう私のような人種にこの文章が届くと嬉しい限りです。

 

この記事は割と長くなってしまいましたが、この文章を読む人は相当病んでいるひとだろうし、そういう人は同じく病んでいた私の文章はスルスル入ってくることでしょう。

 

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いくで~~

はじめに(私の卒論執筆記。ごく簡単に)

まず、私は卒論を書くのが嫌すぎて留年したということに言及しておきましょう。

 

正確には4回生に進学する時点で単位の不足が40~50くらいあり「卒論・就活・単位取得」の三つを同時並行で進める気力が無かった、というのが留年することにした真の理由であり、「卒論を書くのが嫌すぎて」と書くのは語弊があります。

 

しかし、3回生に進級することからすでに「卒論書くの嫌やな」と思っていた私にとっては、何を隠そう卒論が最大の敵であったのです(もちろん就活も死ぬほど嫌)。

 

私は1年留年したので(他の大学もそうかもしれませんが、私の大学では「留年」しても一応進級はできます。卒業できなければ5回生、6回生と進んでいきます。)他の同回生(つまり4回生)が卒論のテーマ選びや就活に奔走しているなか、授業を受けていました。

 

そして、少しの間でも卒論のことを考えずに済んでいることをありがたく思っていました。

 

そんなこんなで4回生時は授業を受けていましたがそれでも単位がそろわず、5回生の前期はオンラインで授業を受けながら卒論のことをなんとな~く考えていました。

 

※ちなみに就活に関して少し話しておくと、卒論を書くことさえままならなくなりそうだったので、とりあえずは会計士を目指すことにして就活自体は見送ることにしました(この判断をするのに相当悩みました。というか発狂寸前の毎日を過ごしました)。そして今現在はその資格の勉強を今しているという状態です。

そんな感じで卒論のことを考え始めたのは5回生の5月とか6月頃でした。

 

そこからダラダラと過ごし、9月下旬になり論文のタイトルを大学側に提出しないといけなくなったので急いでテーマと論文のタイトルを決めます。

 

大学側が論文のタイトルを要求してくるから仕方なくタイトルを提出した*1のですが、当時の私は「もし何も言われないのなら、卒論のことを考えるのはいつまでも先延ばしにしたいな~」と思っていました。

 

9月の中旬か10月の初旬だったか忘れましたが、この時期に資格の勉強を一旦ストップして卒論に集中することにします。

 

別にそれまでも資格の勉強に多くの時間を費やしていたかと言うとそうでもなかったので、段取りの上手い人は資格の勉強と卒論は両立可能なのでしょうけど、私にはなんというか「本気でやるならそのことに集中したい」という変なこだわりがあり資格の勉強をストップするという判断を下しました。*2

 

卒論以外のことを一度シャットアウトしたのですが、私はもともとアルバイトもしていないし、サークルやボランティア活動をしているわけでもないので、一応言葉の上では「完全に卒論だけに集中できる環境」が整ったわけです。

 

この時期、卒論を書くことが憂鬱すぎて一度本気で退学したいと本気で考えていました。もしくは今年度は休学して来年やり直したいと思っていました。

 

ですが、ゼミでの発表の順番が決まっていることやいろいろと教えてもらっている院生の方に迷惑になるかもしれない(実際私が退学したところでその人が迷惑に感じるかと言われるとほぼほぼ無い。単なる自意識過剰なんでしょう)と思ってなんとか思いとどまりました。

 

この時期は2度ほど自宅にて「壊れて」います。頭を机に打ち付ける、眼鏡を壊す、叫ぶ、などをし親に止められました。

 

他人を傷つけなかったことが不幸中の幸いと言ったところでしょうか。

 

「たかが卒論なのに」と思えば思うほど、それを満足にできないことに我慢がならず、その激情が破滅衝動・破壊衝動に結びついていたものと思います。

 

卒論だけに集中できる環境にありながら、まったくと言っていいほど論文の方向性が目ないことから焦りが生じ、ついに制御不能になっていたのです。

 

その後、なんとか勇気を出して院生の方に相談に乗ってもらったり、図書館の先輩相談コーナーに行ったりして、11月に行われた中間発表ではなんとか卒論のアウトライン的なものを発表することはできました。

 

しかし、ここで発表した私の論文の出来に対しての院生・教授の反応は決して良いものではなく、(別に嫌味を言われたとかでは全然なく、ただ全うな評価をしてくださった)なんとなく内容を大幅に変えたほうがよさそうな雰囲気を感じました。

 

中間発表で使う資料ができあがった時点で私は「卒論製作の8割方は終わったかな~」と思っていたので、この出来事は相当ショックでした。

8,9月頃から11月の中間発表に向けて準備していたのですが、その期間で書いたものをほとんどボツにしないといけないという事態になってしまったのです。

 

そういうことがあり、中間発表の後は約1か月ほどぐうたらと生活していました。具体的には昼起床→YouTubeTwitter→散歩→昼寝→少しだけ論文読む→寝る、みたいな生活を送っていました。

 

本当にこの期間何をしていたか分かりません。

 

そんなこんなで卒論製作を再開できたので12月に入るか入らないかの頃で、また切羽詰まった状況に陥ってからでした。

 

そこからまた卒論のことだけを考える日々が続き、年末になってようやく結論部分に何を書くかが決まって、年明けすぐになんとか論文を提出できました。

 

私の中での卒論の位置づけ(学生生活の集大成としての卒論)

 

私にとって卒論製作は大学受験よりもしんどい営みであったのですが、その理由を考えるにあたり、卒論が私にとってどういうものだったのかを書いておこうと思います。

 

卒論を書くにあたり、私がいつも意識していたのは「卒論は学生生活の集大成である」ということでした。

 

もちろんここでの「学生生活」には小学生時代のことも含まれますから、小学校入学から大学卒業までを含めたすべての「学業」の集大成として卒論を考えていたということです。

 

「何を大層な」と思われるかもしれませんが、私は本気でそう思っていました。むしろ、卒論をあくまでレポートなどの他の課題と同じよう(と言うと言葉が悪いかもしれませんが)に片づけていくことがどうしてもできませんでした。

 

私にとって卒論は、そのできによってそれまでの人生を評価されてしまうような恐ろしい代物だったのです。

 

何をテーマとして選択するか、どういった文章で書くか、何を結論とするか、その一つ一つによって、いわばそれまでの人生が「試されている」ように私は感じていました。

 

大学院にでも行かない限り論文を書くことはこの先無いでしょう。そうすると、卒論でくだらないことを書いてしまうと、私の人生はその「くだらない」論文を名刺代わりに生きていかなければいけなくなる。

 

そういった思いから、私の中での卒論の位置づけは恐ろしいほどに大層なものとなりました。

 

さらに、大学に入学して以降何かに興味を持つということがほとんどなく、ただひたすらに虚無感の中を漂っている時間が圧倒的に長かったので、卒論くらいは満足のいくものが書きたいという気持ちでいました。

 

本来、卒論に至るまでの勉強が満足にできていない場合、卒論もその程度のものになるのが普通であり、それは仕方のないことです。

 

しかし私は、卒論までの大学の勉強を疎かにしていたにも関わらず、卒論だけは一級品をこしらえようと目論んでいました。

 

「目論んでいました」と言うより、「目論まざるを得ない状態にありました」と書いたほうが正確かもしれません。

 

卒論の重要性が異常に高まってしまうのは、それまでの学生生活が自分の期待していたものではなかったことの証左かもしれないからです。

 

卒論を書くまでに十分学ぶべきことを学んだという意識・自信を持てていないからこそ、「卒論こそは最高のものを書いてやる」と意気込んでしまうのかもしれないということです。

 

そういったことに対して当時の自分は全くと言っていいほど無自覚だったため、私の中では卒論の重要性は高騰を続け、最終的に卒論製作意外のことをすべて一旦ストップして卒論製作に当たることになりました。

 

特にこのことから教訓めいたことを引き出せるとは考えていません。

 

世間では「日本の大学は入るのが大変。出るのは楽」と言われますが、卒論が相当な(異常な)意味を持ってしまい、がんじがらめになってしまうということが起こり得るという事実が書ければ十分です。

 

卒論を書きながら考えていたこと(「なんでこんなことをしないといけないのか」)

ここでは私が卒論を書きながら考えていたことの一端を紹介できればと思います。

 

後で(「つらかったこと」参照)も同じようなことを書いていますが、まあそれだけここに書いていることに対しての想いが強いということなのでこの節も読んでみてください。

 

私が卒論を「学生生活の集大成」と位置づけていたこと、肩に力が入りすぎた状態でその制作にあたっていたことはすでに書きました。

 

もしかすると誤解されているかもしれないのでここで説明を加えておくと、私は全く卒論製作に対して乗り気ではありませんでした。

 

むしろ「できることならこんなことやりたくない」と卒論提出のその瞬間までずっと思っていました。

 

つまり、卒論を「学生生活の集大成」と位置づける一方で、それから少しでも離れたいとも考えていたのです(アンビバレント!)。

 

なぜそんな風に思っていたのか(そして今でも思っているのか)というと、まさにその「学生生活の集大成」感が嫌すぎたからです。

 

どんなことをどれだけの熱量をもって勉強をしてきたのかは、私が書く卒論にすべて現れてしまうという強迫観念めいたものが私にはありました。今もあります。

 

卒論というのはその人が半年から1年間ほどかけてかいたものですから、それ以上にその人の学問的な能力を判断するのに適した材料は無いはずです。

 

しかも卒論を評価するのは、その分野においては日本でトップクラスの人材である教授なわけであります。

 

そんな人たちに自分の反省をさらけ出すのが私は怖くてなりませんでした。

 

自意識過剰であることは自分でもわかっていますが、そのことを自覚したとして恥ずかしさ・恐怖がなくなるわけでもなく、この感覚はずっと続いています。

 

そして、自分の卒論を人に見られるという恐怖と同じくらい根強く私の中に巣食っていたいた感情が「どうしてこんなことをしないといけないのか」というものでした。

 

学問の世界には、それぞれの専門分野に応じてその道のプロ、すなわち研究者がいます。

 

そんなエキスパートたちが何世代も掛け、かつ現在進行形でより良いものにしようと日夜奮闘しているものこそが今ある知識体系のはずです。

 

その知識体系に対して、論文を書く人は何かしら新しい知識を付加しなければなりません。あくまで建前の話ではあるのですが。

 

「何かしら新しい知識を付加する」こと、つまりある種の「ユニークさ」は「論文を書く」「研究する」ということの本質的な部分であって、ユニークさ無しでは研究をしたとは言えないでしょうし、「卒論を書いた」とは本来言えないはずです。

 

これらの教科書的な説明を言葉通り受け止めていた私は「ユニークさ」に縛られ、「なにか新し事を言わないといけない」と始終考えていました。

 

先行研究を読んで「なるほど」と思い、それ以上思考が続かないという状態が何週間も続くと、「こうしてすでにプロの研究者が議論を重ねているテーマについて、なんで自分のような未熟な人間が何かを言わなくちゃならないんだ!」と次第に腹が立ってきました。

 

さらに、私が研究している分野が「虚学」と言われる分野であったことも手伝って、10月頃からは「なんでこんなことしなあかんねん」とずっと思っておりました。

 

自分が興味のある分野を何百時間勉強しようが、それはお金にもならないし、社会的に評価されるわけでもありません。そこから「なんでこんなことしなあかんねん」という思いが沸々と湧いてきました。

 

答えの無い問いに向き合い続けるのがどれほど過酷な営みなのか、落ちこぼれ学部生のながら、ほんのちょっとは感じられたのかと思います。

 

 卒論を書いてよかったこと

自分の段取りの悪さを実感できた

私は卒論の準備をするなかで何冊もの本と、何本もの論文を用意しましたが、どこに何が書いてあるのかを把握できず「一応読んだけど」という本・論文がたくさん発生しました。

 

今までの勉強・読書も、明確な目標を定めることなく漫然とやっていて、なんとなくできた気になっていた部分もあったことを強く意識させられました。

 

今まではそれほど自分の情報整理能力の低さに自覚的ではありませんでしたが、まとまった論文を書いてみろと言われると、情報を整理するだけでも簡単なことではないことが分かります。

 

よく「学部生の卒論なんて、先行研究をまとめればほとんど終わりじゃん」みたいな言い方がされますが、その「先行研究をまとめる」ということが実は簡単なことではないのです。

 

とにかく、私は卒論執筆を通して、情報整理が苦手であることが分かりました。

 

情報処理が苦手であることはもちろん良くないことですが、その事実をしかと見つめることができたことは卒論執筆を通しての収穫です。

 

 

じっくりと腰を据えて一つのテーマについて考え、別に答えなんて出ないことを再確認できた

「卒論を書いて良かった~」と思うことはそんなにないですが、これはまずまず良かったことではないでしょうか。

 

卒論で取り組みたいと思えるほどのテーマもしくは問題意識というのは、「あ、これが答えだ!」というような形で解決が与えられるようなものではないことが多いです。

 

というか私たちが日常的に用いている意味での「答え」など存在していないのでしょう。そもそも。

 

うまく卒論が書けて、かつしっかりと反省ができたとしても、その問題自体の解決自体に関して得られるものなんて「なんとなく『どう考えたらいいのか』についての考え方が深まったかな」くらいだと思うのです。

 

それくらい難しい問題だからこそ半年とか1年とかかけてじっくり考えるに値するでしょう。

 

とはいっても、最初から「この問題がだいたいどんなものか分かればいいか~」みたいな姿勢で卒論を書く人はいないはずです。

 

同じ時間を掛けるなら、自分なりの答えであっても、とりあえずなんらかの答え「らしきもの」を求めて卒論を書くと思います。

 

少なくとも私はそういう動機で卒論を書いていたのですが、結果的には「答え」と呼べるものにはたどり着きませんでした。

自分が考えたいと思っていた問題について、学者はどういう風に考えているのかを知ることによって、その問題に効果的に取り組むにはどのルートから迫るのが良いのかということについては、多少理解は深まったかなというのが、私の卒論での到達点です。

 

結局「これが答えだ!」みたいな感じにはなりませんでしたが、そうやって一つの問題と長い時間格闘しないと、さらに歳を取ったあとで「じっくり取り組む時間があれば俺はこのこの大問題を片づけられるのに」みたいにモヤモヤした状態になるのではないでしょうか。

 

私自身は卒論を通過しないと、そうしたモヤモヤ状態から抜けられないまま歳を重ねていたことと思います。

 

もちろん時間をたくさん掛ければ解決できる問題もこの世にはありますが(なにをもって「解決」なのかも問題ですが、人生の大問題になるようなことは、たいていの場合スパッと解決するようなことは稀でしょう。

 

そういう問題に対して、いつまでも「腰を据えて考える時間が欲しい」みたいに思い続けよりは「これだけ考えてもイマイチ納得のいく答えはでないもんなんだな」と思える方が私は良いと思います。

 

別にこれは人生の問題についてこの先考えていくことを否定しているわけではありません。

 

むしろその逆で、自分固有の問題というのは生きていくうえでずっとついて回るはずだからこそ、「1年くらい集中すれば答えが分かるんじゃないかな」のような想いはもしかすると思考の邪魔になるかもしれない、ということです。

 

つまり「時間が無いから解決できない」という心理的な逃げ道はあらかじめ壊しておいた方が良いのではないだろうか、ということです。

 

そういう意味で、私は「時間さえあれば、この問題を解決できるのに」みたいに思わなくなる(はずな)ので良かったと思います。

卒業に一歩近づいた

正直、卒論を書いて一番良かったことを挙げるとするならこれです。

 

卒論を書くことの動機として「卒業するため」みたいな不純な動機を挙げることを私は3・4回生の頃までは忌み嫌っていましたが、卒論と半年以上格闘するなかで次第に、そういった器用さも必要なんじゃないだろうかと思うに至りました(改宗した?)。

 

そして最後の1か月(もしくは2か月)くらいは「とりあえず提出しよう」と思って卒論を書いていました。とにかく形式だけは満たそう、というような。

 

現状としては、とりあえず卒論は提出できて、あとは口頭試験があるだけです。卒業まであと一歩という地点まで来ることができました。

 

卒論を書かないと卒業ができない学部にいるので、卒論を提出できたことは卒業に近づくという意味で良かったです。

 

当たり前すぎることですが、私にとって卒論を提出してよかったこととして挙げないわけにはいかないので書いておきます。

つらかったこと

何から進めていいか分からない

 私が卒論に本腰を入れたのはだいたい9月の下旬でした。正確には、5月頃から卒論関係の本は読み始めてはいたので、卒論「だけ」に集中し始めたのが9月の下旬だったと言った方がいいかもしれません。

 

すくなくとも10月から12月の終わりまの3か月間はほぼ卒論のことだけを考えていたけど、生産性でいうとほぼほぼ0に等しい毎日だったと今改めて思います。

 

昼(過ぎ)に起きて、卒論のことを考えなくては瞬間虚無感に襲われ、YouTubeTwitterに逃避する。

 

茶店や漫画喫茶に行き、何とか作業しようとするものの、20分、もしくは10分も集中して作業できない、という状態が延々と続きました。

 

「今日はこれだけ進んだ」と思えれば、そういった状況にあっても人はそれなりに健全に毎日を送ることができるのかもしれませんが、卒論の作業中、「今日これだけ進んだ」と思えた日はそれほど多くなくて、たいていの日が、「論文のこの箇所が分からなくて停滞していた」とか「何を書いていいのか分からなくて停滞していた」とか「とりあえず論文を読んでみたけど、これが何に使えるのか分からない」みたいな感じでした。

 

「困難は分割せよ」という金言がありますし、それは正しいことだと思いますが、「分割」することすらできないほど頭の中がぐっちゃぐちゃになってしまうこともあります。

 

私の頭は、卒論執筆の大半の期間ぐっちゃぐっちゃでした。

 

 こんなこと考えて何になるんだと毎日思っていた

 卒論を書く中で相当つらかったことの一つです。

 

上の「卒論を書いている時に考えていたこと」とほとんど同じ内容ですが、こちらの方に多少詳しく書いています。

 

そもそもとして、私は大学に通うこと自体もイマイチ意味が分からないなと思っていました。

 

そしてその意識は卒論を書く際に爆発しました。

 

大学に通う(卒業している)ことが就職含め今後の社会人生活で有利にはたらくことは分かっていますし、そうやって社会生活をより有利に進めるためという理由があることも分かりますが、「なんでこんなことを勉強しているんだろう」という意識はずっときえませんでした。

 

今でもその感覚は消えません。

 

その意識は、こと卒論に関しては、強烈に私を襲いました。

 

ところで、私が卒論で扱ったテーマは「なんで生きているのか」という問いに深くかかわるものでした。

 

大学入学以降持っていた「なんでこんなことを勉強しているのだろう」という意識が私の潜在意識に根深く巣食っていたため、私は卒論でそういった問いに取り組むこととなったのでしょう。

 

 

私は卒論を通して「なんで生きているのか」という問いに対して、何かしら分かることがあればいいなと思っていました。

 

例えば、「『なんで生きているのか』という問いはそもそも問いとして意味がない」でもいいし、「『なんで生きているのか』という問いはこういう風に言い換えられる」みたいな理解の深め方でも良いと思っていました。

 

※もちろんこういった「裏」の問題意識を持ちつつ、「表」の題材・テーマに取り組んでいた。「生きる意味とは何か」みたいな問いは漠然としていて扱いにくい。つまり、私はもうすこし具体的な形の問いをテーマとして卒論を書いたのだが、そこで働いていた問題意識は「生きる意味とは何か」というようなものだったということ。

しかし、実際それで論文を書く準備をし始め、この問題についてなにかしら理解を深めることが困難を極める作業であることを再認識したとき、一体自分がこんなことを考える必要がどこにあるのかと考えるようになりました。

 

それからはゼミの発表のため資料を作っているときとか、論文に書いてあることの意味が分からず苦しんでいる時、いつも「こんなことをして何になるんだろう」と思い、気が狂いそうでした。というより狂いました。

 

とりあえず二度と経験したくないレベルのしんどさでした。

教授や研究室の先輩など、とにかく自分の書いたものを人に読まれるのが怖かった。

これは、わたしが卒論を書くのがイヤになった直接の原因です。

 

私は自分で書いたものを基本的に人に読まれたくありません。

 

このブログは匿名なのでドンドン書いていけるけますが(最初は抵抗があった)、自分という人を知っている人に、文章を読まれるのはあまり好きではありません。

 

特に卒論なんかになると、その文章には、その書き手の考え方がもろに出てしまいます。

 

そうなると、私は自分の論文が読まれることは、そのまま自分をさらけ出しているような気がして怖くなってしまいます(なんで他の人はこれが平気なのかほんとに分からない!)。

 

さらに、教授とか先輩など、その分野について自分よりもよくわかっている人に論文を読まれることは、顔から火がでるほど恥ずかしいです。

 

「こいつこんな的外れなこと書いてるよ」とか思われてるんじゃないだろうかと勝手に思ってしまうことをやめられません。

 

自意識過剰なのは分かっていますが(何回書くんだ)、結局最後までその意識は変わりませんでした。

 

論文を人に見せるのが怖いという意識は、上で書いた「こんなことを考えて何になるんだと毎日思っていた」につながるところがあります。

 

というのも、人に見せて評価してもらうことも論文を書くことの目的の一つなのに自分はそれがイヤでイヤでたまらない。そうすると、一体何でこんなイヤなことのために毎日苦しんでいるんだ?と考えるようになってしまうからです。

 

「そもそも卒論をどこから進めていいかわからない」→「論文や、現状どこまでできているかを人に見せたり相談することがイヤでたまらない」→「いつかは自分の論文を人に見せないといけない」→「そもそもなんで論文を書かないといけないのか分からない」→「もっと卒論から遠ざかる」

 

こういう悪い流れにどっぷり浸かっていました。

 

「卒論を書くことは一生で一度しかない」と自分にプレッシャーをかけてしまったこと

これは私の個人的な性癖というか、考え方の傾向が色濃く出てしまったものです。

 

多分多くの人は卒論のことを大層に考えることはないのでしょう。

 

せいぜい期末レポートの大きいバージョンくらいに思ってるんじゃないでしょうか。

 

私はそういう風に考えることが全くできず、「一生に一度しかないものだから、大学生活の集大成として、できればすごいことを書きたい」と思っていたことについては上で書きました。

 

まあそれでその高い志に見合う論文が書ければいいのだすが、論文なんて書くのは初めてで、テーマ選びも初めてなので、当たり前にグダグダになりました。

 

グダグダになった時に、そのグダグダをすぐに受け入れて軌道修正できればいいのですが私にはなかなか難しかったです。

 

卒論を書いていて、最後の方は「とりあえず形式だけ満たして提出さえできればいい」と思うようになりましたが、別にそこに痛みがないわけではなくて、やり残している感は今もなくはないです。

 

結局人生なんていうのは限定・切断の繰り返しで、有限性を嫌と言うほど突きつけられることの連続なのでしょう。

 

卒論を書き始めるまでは、「俺にはどんな素晴らしい卒論がかけるんだ!」と無限の可能性に胸躍らせていたとしても、1文字書いていくごとにその可能性はしぼんでいきます。

 

そして、最後はあるハッキリとした形を持ったモノ(完成品)になってしまいます。

 

何かを生みだすとは多分そういう「無限の可能性」→「有限の生産物」への流れを常に示すでしょうし、それ自体は悪いことではないのかもしれないです。

 

でも、そこで作り出そうとするものが「大学生の集大成」であったり「一生に一度しか書かないであろう卒論」みたいな大層すぎるものである場合には、完成品がもっている「有限性」は、そこに掛かっている期待に釣り合わないのかもしれません。

 

つまりは、無限に良いものを期待してしまうから、有限の形をもって(そしてそれなりの欠点を伴って生まれてくる)論文にはある程度失望してしまうのは必然ということです。

 

その失望をどれだけ恐れるのかは人それぞれですが、私はそれを人一倍恐れ、でも恐れたからと言ってその分いい論文が書けるということも無かったということです(無念)。

 

反省その他(意識の変化)

私が何とか卒論を書き終えられたのは、卒論を「人生の問いに答えを出す場」と捉えるのを一旦やめて、とりあえず手を付けられる「作業のカタマリ」なんだと認識を改めることをしたからです。

 

多分あのまま「卒論は人生の問いに取り組むためのものだから、作業の集合体へと位をさげたらだめだ」と思い続けていたら、私はまだ卒論を書き上げられていなかったことでしょう。

 

卒論を「人生の問いに答えを出す場」と考えること自体は間違っていないのですが、そういった問いに取り組むためにも、一度その問いをすぐに取り掛かれる簡単で小さな作業(たとえば、論文のこの段落を読むとか、使いそうな本を借りに行くとか、そもそも論文の書き方が詳しく載っている本を読んでみるとか)に分割してみる勇気も必要だったようです。

 

こうして文字にすると簡単そうに聞こえますが、「人生の問いに答えを出す」→「作業のカタマリ」への移行は、その人のプライド(?)邪魔をするのでかなり難しいことだろうなと思いました。

おわりに(論文を書いても何も分からないことに変わりはない)

正直に思ったことおよび起こったことをそのまま書きました。

 

卒論を書き終わったからと言って何かが大きく変わることはありませんでした。

 

自分の考えたかった問題についての理解が深まったかと言えば、多少はそうかもしれないですが、それもほんの少しでしょう。

 

「分からんな~」と思って卒論を書き始めて、「分からんな~」と思いながら書き終えました。

「分からんな~」と思いながら死んでいくんだろうな、となんとなく思った卒論執筆でした。

 

おわり

 

 

 

 

*1:私の大学では(他の大学もそうかもしれないですが、卒論のタイトルを10月頃に教務に提出することになっています

*2:現実的な話として、5月からなんとな~く卒論のことをかんがえはじめて、9月の終わりの時点で自分の書くことが全く見えてこないと焦りますよね。当時の私は「何かいたらいいんやろう」という不安に毎秒襲われていました。だからこの判断は妥当だったと今でも思います。